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東京地方裁判所 昭和24年(ワ)5951号 判決

原告 三枝波也

被告 株式会社泰文社 外一〇名

一、主  文

原告の請求は何れも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告訴訟代理人は、原告に対し別紙<省略>記載建物につき、(1) 階下五十一坪九合のうち、(イ)被告篠崎好、同篠崎せいは共同占有に係る四畳半一室、(ロ)被告宇田川清三郎、同宇田川やすは共同占有に係る六畳二室押入付台所半坪、(ハ)同篠崎好、同篠崎せい、同須田道太郎は共同占有に係る八畳間一室及び台所、風呂場、便所、(ニ)被告松倉一衛は表より向つて右側間口一間奥行二間の二坪、(ホ)被告浪速顔料製造株式会社は右二坪に接続する間口一間奥行三間の三坪、(ヘ)同篠崎好、同山田は共同占有に係るその余の部分、(2) 二階五十一坪九合のうち、(イ)被告篠崎好、同篠崎せいは共同占有に係る四畳の室と七畳半の室とを含める八坪の部分、(ロ)被告篠崎好、同篠崎せい並びに同株式会社広田商店は共同占有に係る階段及び上り口一坪四合の部分、(ハ)被告株式会社広田商店はその余の四十二坪の部分、(3) 被告宮坂は屋階三十坪六合から夫々退去してその建物の敷地五十四坪五合九勺の宅地を明け渡せ。被告株式会社泰文社は右建物を收去してその敷地五十四坪五合九勺を明け渡し、且昭和二十三年十月二十一日から右明渡済に至るまで一箇月百六十三円七十七銭の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告等の負担とする、との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

原告の先代亡三枝久兵衛は訴外亡小泉徳兵衛に対して、その所有に係る東京都日本橋区本石町二丁目十番地宅地三百十坪八合四勺のうち請求趣旨記載の五十四坪五合九勺の部分を普通建物所有の目的をもつて期間明治四十四年十二月一日から二十箇年賃料毎月末払の約で賃貸し、その後大正十三年七月十四日小泉たきにおいて徳兵衛の家督相続をなして同人の賃借人としての地位を承継した。ところが、たきは右の期間経過による賃貸借終了後も右地上に別紙目録記載の建物を所有して土地の明渡をしなかつたので、久兵衛はたきに対して東京区裁判所に即決和解の申立をなし(同裁判所昭和七年(イ)第七六四八号事件)、昭和七年六月二十一日右当事者間で左記条項の裁判上の和解が成立した。

一、久兵衛はたきに対して本件宅地五十四坪五合九勺を昭和二十三年十月二十日迄引続き賃貸し、たきは右期限に土地を明渡すこと。

一、たきは久兵衛に対し一箇月金百八十円の賃借料を毎月二十八日限り久兵衛方に持参支払うこと等。

右は昭和六年十一月三十日存続期間経過で賃貸借契約終了し、これによる明渡の履行期をたきの懇請により、とくに同二十三年十月二十日まで猶予したものである。仮りにそうでないものとしても明治四十四年十二月一日を始期とする右賃貸借契約の終期の昭和六年十一月三十日を同二十三年十月二十日迄延ばすことを承諾したものである。然るに小泉たきは昭和十三年一月分から同年八月分まで約定賃料の支払を怠つたので、久兵衛よりたきに対し賃貸借契約を解除して本件建物の收去と土地の明渡を求めるため東京地方裁判所に訴を提起し(同裁判所昭和十三年(ワ)第三四四九号事件)その訴訟繋属中、昭和十四年八月十二日たきは建物を被告株式会社泰文社に売渡してその登記を経由したので、同被告がその敷地五十四坪五合九勺の占有の承継者として右訴訟を受継いだが、同年八月十七日の口頭弁論期日で久兵衛は同被告との間に於て左記条項により裁判上の和解が成立した。

一、被告泰文社は久兵衛と小泉たきとの間の東京区裁判所昭和七年六月二十一日の和解調書に表示のたきの有する賃借人としての地位を引受け受継すること。

一、右借地料は昭和十三年十月二十一日一坪一箇月金三円の割合に変更すること。

一、株式会社泰文社は原告に対し借地料三月以上滞つたときは催告あり次第東京市日本橋区室町四丁目一番地一木造亜鉛葺二階建一棟建坪五十一坪九合外二階五十一坪九合外屋階三十坪六合の建物を收去して敷地五十四坪五合九勺を明渡すこと等。

その後久兵衛は昭和二十一年十二月二十二日死亡し、原告が同日家督相続をなし、久兵衛の権利義務を承継し、なお本件宅地は区劃整理並びに市区町名地番変更により昭和二十二年三月十五日以降は東京都中央区日本橋室町四丁目一番地一と改称、更に昭和二十三年七月十二日分筆により請求趣旨記載のように表示されることゝなつた。

右の次第で被告泰文社に対しては、前記和解調書に記載の文言によれば単に土地の明渡義務を明記して、建物の收去義務の文言を省略しているけれども、その建物の階下総建坪五十一坪九合であるに徴し明渡を求める土地の殆んど全部建物の敷地であること並びに第二の和解の成立するに至つた経緯とその調書の記載に鑑み、建物を收去して始めて土地の明渡の結果を生じるので土地明渡の意思表示の中には建物を收去する所為をも包含させる意思であることは明白である。而して裁判上の和解は確定判決と同一の効力を有するものであるから、被告泰文社に対しては右和解調書による、建物の收去と土地の明渡を求め得ることの既判力と執行力あるものと確信するものであるが、仮に右和解調書に記載の引続き賃貸する旨の文言が明渡の猶予期間と認められないとしても、借地法の規定は単に私法上の契約に適用あるに止まり裁判上の和解のように公権の発動によつて確定せられた事項については、同法条の適用ないものと解釈せらるべきは疑ないところであるから、明渡を命ずる前記和解調書の記載は借地法の規定に関係なく執行力を有するものと確信する。仮に右の理由ないとしても、原告は延長せられた賃貸借契約終了後間もない昭和二十三年十月二十五日附内容証明郵便で被告泰文社に対してその土地使用について異議を述べ、同書面は翌二十六日同被告に到達した。而して原告は父祖以来の家業である呉服雑貸類の販売営業をなすため本件土地を使用する必要あり、即ち自己使用のため正当の事由を有するものであるから借地契約は更新せられない。いづれにしても同被告は原告に対して本件建物を收去して土地を明渡す義務がある。然るに同被告は本件建物に何日からか請求趣旨記載のように各被告を同居せしめ、各被告は右建物を占有することによつて夫々本件土地を不法に占有している。よつて原告は被告株式会社泰文社に対しては右和解に基き請求趣旨記載のように本件建物を收去して本件宅地を明渡し、且、明渡の期限以後は本件土地を不法に占有しているものであるから右期限後である昭和二十三年十月二十一日以降明渡済に至るまで一箇月百六十三円七十七銭(坪三円の割)の割合による約定賃料相当の損害金の支払を求め、その他の各被告に対しては宅地の所有権に基いて夫々請求趣旨記載のように明渡を求めるものであると述べ、被告等の抗弁に対し被告株式会社泰文社が原告に対して契約更新の請求をなしたことは否認する。仮りに右の請求があつたものとしても原告は前述のように昭和二十三年十月二十五日附内容証明郵便をもつて自己使用のため同被告の土地使用につき異議を述べ、該郵便は翌二十六日同被告に到達しているから更新にならない。その余の事実は認めないと述べた。<立証省略>

被告等訴訟代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、答弁として原告主張の事実中、久兵衛たき間に和解の成立したこと、久兵衛のたきに対する訴訟中昭和十四年八月十二日被告株式会社泰文社はたきより原告主張の建物を買受けて登記を経由し原告主張のように宅地五十四坪五合九勺を占有し、右訴訟を受継ぎその結果久兵衛と同被告との間に原告主張のような裁判上の和解が成立して同被告が久兵衛たき間の東京区裁判所昭和七年六月二十一日附の和解に基く賃貸借契約上のたきの賃借人たる地位を承継したこと、原告が久兵衛の家督相続をしたこと、本件賃貸借の目的宅地が原告主張のように変更表示されるようになつたこと、右宅地が原告の所有であること約定賃料が百六十三円七十七銭であること、被告等が原告主張のように夫々本件家屋を占有していることは何れも認めるが、久兵衛たき間の和解に関し明渡の履行期を延ばしたもの、即ち猶予期間を定めたとの点及び賃貸の期間を延長したものであるということは何れも否認する。右和解によつて昭和七年六月二十一日に新な賃貸借契約を締結したものである。仮にそうでないとしても昭和六年十一月三十日で終了した前賃貸借契約を更新したものである。なお被告株式会社泰文社が原告からその主張の日に内容証明郵便を受領したことは認めるが、本件土地を原告が自ら使用する必要があるということは否認する。その他の原告主張の事実は不知である。右和解契約による賃貸借契約の存続期間は借地法の定めるところにより二十箇年であるが、その借地期間を昭和二十三年十月二十日までと定めていても始期が昭和七年六月二十一日であると又昭和六年十二月一日であると何れを問わず期間二十年以下で借地法第十一条に違反し、その期間は右昭和七年六月二十一日から若しくは同六年十二月一日から二十年でなければならず、従つて未だ期間満了しないものである。仮りに昭和二十三年十月二十日をもつて賃貸借の期間満了したとしても、被告株式会社泰文社は原告に対して昭和二十三年十一月上旬か若しくは同月三十一日に更新の請求をした。元来小泉徳兵衛は本件建物で書画の売買を業として被告篠崎はその番頭であつたが、徳兵衛の営業を泰文社において受け継ぎ、被告篠崎等がその営業をなして生活を維持している。小泉たきは和解当時老齢且重病で和解の趣旨を充分理解せず専ら将来永く土地を使用できるものと信じて和解をなし、被告泰文社においても同様の考えで契約したものであるが他に移転を強要せられば同被告会社の関係者は再起不能の危機に陥る状況にあり。仮りに右契約の更新請求が認められないとすれば、本訴をもつて本件地上の建物を時価をもつて買取るべきことを請求する。従つてその代金の支払をうけるまでは建物に対する留置権を行使し、本件土地を占有する正当の権利がある。なお被告株式会社泰文社以外の被告等は被告株式会社泰文社の借地権に基き、その承諾で家屋に居住するものであるから原告の本訴請求は失当である旨陳述した。<立証省略>

三、理  由

先ず職権を以て原告の被告株式会社泰文社に対する建物收去土地明渡を求める請求部分について権利保護の利益を有するか否かについて判断する必要がある。

この点に関する原告の主張は要するに昭和十四年八月十七日東京地方裁判所において裁判上の和解(同裁判所昭和十三年(ワ)第三四四九号事件)が成立し、本件建物の收去と土地の明渡について確定判決と同一の既判力並に執行力のある債務名義を得たというのであるから、右の部分に関する本訴はその主張自体に徴し、同一の請求を繰り返したもので正当な利益を欠き却下を免れないもののように見える。

然しながら既判力を生じた事項について、後に時を異にして提起された新訴は、時の経過によつて事態の異る場合があつて、当然に前訴と同一事件ということはできないから、直に一事不再理で正当の利益のない訴として却下できない場合のあることを考えなければならないのみならず、既判力が本件のように裁判上の和解で生じた場合には判決によつて既判力が生じた場合と趣旨を異にするものといわなければならない。蓋し裁判上の和解はその効力こそ判決と同視せられるけれども、その実体は当事者の意思表示であつて裁判のように裁判所の有権的な判断ではない。従つて意思表示の効力に関する法律の規定の適用を受けるものであるから、当然無効の判決なるものはあり得ないのに反し、意思表示に存する瑕疵又は強行法規に違反する等のため和解の当然無効の場合なしとしない。然も本件において原告の主張する和解契約の条項は存続期間満了によつて終了した土地を爾後十六年余の期間引続き賃貸する旨の賃貸借契約を締結すると同時に、期間満了の際土地の明渡を合意したことにより明渡について既判力と執行力を有するというのであつて、その契約については、もとより借地法の適用外にあるものではなく、又和解調書に記載の文言自体から見ても賃貸借契約が更新せられたものであるかどうか、十六年余の期間の借地法上の効力の点並に明渡の合意が更新請求権の放棄とすれば借地法上更新請求権の放棄は許されるかどうかの点等の未解決の問題があつて、原告主張のように右のような合意に基いて明白な既判力と執行力を有するものとはとても考えられない。而して原告が本訴提起前右和解調書に基いて執行文の付与を求めたところ、これを得られなかつたことは弁論の趣旨に徴し看取するに難くないのであるが、このような既判力と執行力の不明確な和解調書の条項について権利関係の確定とその実現を求めるために提起された本訴は正当な利益を欠くものとはいえないであろう。

よつて原告の主張について判断する。

本件の争点は結局昭和七年六月二十一日成立の裁判上の和解調書に記載の「三枝久兵衛は小泉たきに対して右宅地五十四坪五合九勺を昭和二十三年十月二十日迄引続き賃貸し小泉たきは右期限に該土地を明渡すべし」なる文言が借地法に照しどのような効力をもつものであるかの点であつて、その余の原告の第一次主張については当事者間に殆んど争がない。

原告は引続き賃貸しとあるのは存続期間満了によつて消滅した土地の賃貸借契約と同様な賃貸借契約を新に締結する趣旨でなく、契約終了によつて生じた小泉たきの土地明渡義務の履行の猶予を約したものと主張するけれども、証人津田義治の証言ではこの事実を認め難く他にこの事実を認むべき証拠はない。而して同証人の証言によれば従前の契約期間を延長した趣旨を含むものと認められるけれども、契約締結の日から存続期間の終期迄十六年余の期間賃貸することと定めた点と引続き賃貸という文字を使用した点並に被告本人篠崎好の供述に鑑み、前契約期間を暫く延長するという趣旨のものではなく、前契約と同様の内容の契約を将来相当長期に賃貸する意図で締結したもの、従つて用語の形式に拘らず借地法にいうところの賃貸借契約の更新をしたものと認めるのが相当である。而して本件建物がその以前明治の終頃から建築せられたものであることは被告本人篠崎好の供述で認められ当事者間に争ない建坪の点から見ても臨時設備その他一時使用のために設置せられたものでないこと明白であるから、右契約の存続期間は借地法第五条第十一条により更新の始期である昭和六年十二月一日から以後二十箇年後である昭和二十六年十一月末日迄となる。

従つて昭和二十三年十月二十日の経過と共に明渡をなす旨の合意は借地法第十一条に則り第五条に違反し無効のものと断せざるを得ない。

然らば被告泰文社に対する建物收去土地明渡の請求と契約終了を前提とする損害金の請求は理由なく、その余の被告等は被告泰文社の承諾を得て家屋に居住するものであることは弁論の趣旨に徴し推認できるから原告に対し土地の不法占有者ということはできない。

よつてその余の点の判断を省略して原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 西川美数)

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